|
バブルの華盛りし御時
時あたかも昭和元禄の華やぎ大なるも、時代は平成文化文政、しゃれ、こっけいの御時へと移り変わりしバブルの華盛りし御時、満開の物見桜の宴にて、かつて『新人類』と称された、われらが『ラヴ・ジェネレーション』の本格的に恋をする年頃と相成った時分の物語り。
テレビドラマにあったがごとく、『もしも願いが叶うなら』『未来』と書いて『未来』と読む、主人公の彼女のように、強く生きることで本当の愛を見つけたい。そう思って病み苦しんだ揚げ句の果てが何もなく、ただただひたすら追い求め、求めるばかりに追い求め、やがて、皆という皆が脱兎のごとく大学というところに集結した。
しかりしこうして、わたくしめがごときも多分なる期待を馳せ参じて大学に参った次第でござる。されども恋なかなか容易ならずものなりて、事実は奇なりとは言うめれど、真に真実とは怪しきものなりけり。動乱がごとき色恋の果てに『終戦』を迎えることになり。戦後の復興、未だ足りず、わたくしめがごときにとってのそれは、平和と繁栄の栄華の極みを享受するに至らんやは言うに及ばず限りなり。
時は経ち、三十一才の男ありけり。あはれなり、その男、万里はあろうかと思われる、長く長い、ひたすら長い真冬のトンネルをくぐり抜けようにも抜けられぬ、迷宮のアンドローラ、『傷だらけのローラ』『君は何故に』と皆目見当も付かずあまりに走りに走り、走っては走り、やがて、疲弊するばかりのあり様今あり様。春はまだかと寒空の夜空に星に願いを祈るばかりが日々の続きぬるを、
日曜日 投票率は下がっても デートがしたいゴロゴロと家で退屈するのなら
彼女が欲しい 相手がいない
クリスマス バレンタインデー 誕生日土曜の夜に日曜日
逢いびきしたい 彼女がいない
週末のデートを楽しみにできたら、退屈な日常がバラ色に染められるのに‥‥とため息をつくわたくしめがごとき。
公にできる彼女がいたらいいのに。
待ち合わせて、静かな大人のムードの香り漂う、土曜の夜。騒ぐだけ騒ぐ、さわがナイトもいいよなぁ。
あぁ〜ん、みんなにえばって紹介できる彼女が欲しい。
中学の時、先輩が大人に見えた。男の先輩は怖かった。女の先輩は刺激が強過ぎた。
僕は野球少年だったから、女の人とは縁のない世界にいた。友達やクラスメートが楽しそうに語らってるのが羨ましかった。掃除の時間、休み時間、何かと語らってる男女の姿、風景が素敵だと思った。自分もそうなりたいと思っても僕にはできなかった。
だから、二年になって、たまたま隣りに座った女の子と、ちょっと仲よくなって、少しくらい話せるようになったことが、無邪気に嬉しかった。僕が自分が男だと意識するようになったのは、この頃からだと思う。あっ、そう言えば、小学校の高学年の時、郷田ちゃんが僕のことを好きだと回りから言われて、郷田ちゃんがそれを否定しないから、恥ずかしい気持ちになったことなら覚えてる。でも、そんなことが分かると、僕は子供心に仲良くいちゃついて楽しかったのに、そんなことできなくなった。卒業するに当たって、担任の川添先生が『クラスの全員に全員が、一人ずつが一人ずつに言葉を贈る』という提案をした。その当時の小学生にとって、その当時の担任の先生は『絶対』だったら、僕らが逆らうのはいけないことだった。だから、先生の言い付けは重っ苦しく嫌だったけど、この『言い付け』はドキドキした。でも、僕はあんまり言いたいことを言えるようなマセたガキじゃなかったから、やっぱりあんまり言いたいことを言えなかったんだと思う。でも、だから、よく覚えてるんだ、郷田ちゃんの最後の言葉。『なんで急に話してくれなくなったのかなぁ』ってセリフ・・・と言っても原稿用紙に書かれた文字だったけどね、正確には。その文字に感じられるほど、僕は男の子じゃなかったもんなぁ。男じゃない男に女の気持ちが分かるはずがない! なんてね。
そう言えば、郷田ちゃん、高校の時、偶然、久里浜の駅で、バッタリ会った時があったでしょ、なんて、高校生にもなって、僕は黙って立ち尽くしたまま、声かけられなかったね。でも、見てた。そしたら、郷田ちゃんも、見てたね。実を言うと、あの後、トイレに行って、気合を入れて、戻ったら、もう居なかったね。バカだね。たぶん、郷田ちゃんは、僕が帰ったって思ったんだろうねぇ。『栗山は、まだ子供だなぁ』って思ったんだろうねぇ。あれから、一度も会ってないねぇ。残念だねぇ。でも、あの頃の思い出は、僕がだんだんと汚れて、どんなに駄目になっても、きれいなんだよねぇ。なんてね。
ところで、なんの話しだっけ。そうそう、中学二年の隣りの席になった、それも偶然なんだけど、こんな僕が話しのできるようになって、僕が男だと意識するようになった、そして、相手が女だと意識するようになった、Aさん、覚えてますか? 栗山です!
貴方が、僕の、その当時クラスで一番仲良かったGくんにチョコあげたでしょ。あん時、あんた、泣いてたでしょ。貴方がGくんにチョコあげて、ショック。貴方が即座にフラれたと、貴方の涙を見て、またショックでしたよ。今となっては、夏のキャンプで、あんたに私がバンガローで、あんたとあんたの友達とあたいの三人だけが部屋に残ってて、みんなは集会かなんか忘れたけど、みんなが集合しちゃってて、私が布団を被せられて、あれっ、強姦というか、強姦未遂? というか、あたしがしたんじゃなくて、あたしがされたんだよ。
僕が、強姦の、いや、強姦未遂の被害者で、貴方が加害者でしょ。今となっては、声を大にして、申し上げます、この野郎! まぁ、僕にとっては、言わば、勲章かなっ?
そう、男の勲章! そう、あの頃、みんなで、島大輔、よく歌ったね。『できるなら、もう一度、時計戻して、できるなら、もう一度、地球をとめてぇ〜あぁ〜あ、燃ゆる想い・・・・』って、これ、えぇっと、『お前だけアイ・ラヴ・ユー』だぁ。みんなで歌ったねぇ。そう言えば、キャンプの時、僕らのクラスが歌ったのは『あぁ〜だから今夜だけは君を抱いていたい』の『心の旅』だった。確か柏木さんの提案だったかな? 柏木、元気か?
僕らは、オフコースが好きだった。『君を抱いていいの、君を好きになってもいいの』の『イエス・ノー』 それから『イエス・イエス・イエス』だとか。
この頃、松任谷由美の『守ってあげたい』が売れて、僕らはこぞって荒井由美からのおさらいというか、逆上りまでしたもんだった。だから、『あの日に帰りたい』は衝撃的だった。そして、『いちご白書をもう一度』も。
僕が中学三年最後の大会で、打ちに打ちに打ちまくれたのは、Aさんから突然来た暑中見舞いのお陰だ。それは僕に対する告白だった。けれども、言わば、過去の思いの告白とでも言うべきか。だから、尚更、真摯に受け止めることができたのだと思う。今でも、話しをしなくなった今でも、できれば友達と呼びたいのです。二年の思い出が強く残ってるのも僕のお陰だと、あなたさまのおかげですと書いてあった。ありがとう! あれで、僕は救われた。そして、優勝できた。大活躍した。僕の野球は、あれで終わった。もう一度、ありがとう!
中三になって、恋をした。初恋だと思う。隣りの席になった女の子だった。中二中三と、結局、二年続けて僕は隣りの席に偶然一緒になった女の子としか思い出を作れなかった訳だから、僕は神様の計らいに感謝します。
仮にその女の子をNさんと呼ぼう。Nさんは僕にクッキーを作ってくれた。土曜日の放課後に、一人誰もいない教室で、しかも木造校舎だった。僕は田舎に住んでたから、海と畑に囲まれた温暖な地に、恵まれた環境の中で育った。僕らは砂浜や段々畑の中の畑道をランニングして、サボる時は、みかんをとったりあけびをとったり、すいか割りしたり、海で泳いだりした。随分呑気で長閑だったなぁ。あんな生活もうないかもなぁ。なんてね。 それで、クッキーをくれたNさんを思いながら、一人誰もいない木造校舎の片隅で、僕はクッキーを食べた。少しずつ大切に、大事に大事に食べた。あまりおいしくなかった。だから、余計嬉しかった。なんてね。
修学旅行で、Nさんは僕に百円玉を手渡しして、
「あとでジュース買って来て!」
だってぇ。
「ジュースどうすればいいの?」
「部屋に持って来て!」
僕はびっくりして、うん、と言った。部屋って馬鹿なこと想像しないでよ。中学生なんだから、勿論、何人かで一部屋なんだからね! だから、だから、嬉しかった。何故って、それって、公認、みんなに公認ってことでしょ。百円玉を握り締め、いざ、自動販売機目指して、いざ、いざ、とこれがまた先生に見つかって朝まで正座させられて、結局、部屋には届けられなくて、次の日、百円玉返すのに罰が悪かった。
生まれて初めてのデートらしいデートは、あまりデートらしいデートではなかった。公園で待ち合わせして、海を散歩して、石投げて、歩いて、そう田舎だから、初デートは海しかないんだよね、他に行くとこないし。でも、海がきれいだった。いい天気だった。帰りに友達の集団に見つかって、慌てて隠れた。でも、見つかってるから、僕だけ出てって、秘密にするつもりが脅されて白状しちゃって、また罰が悪かった。付き合ってんの付き合ってんのと、凄い見幕で聞かれて、必死に否定した。でも、本当に、そう言えるほどの付き合いじゃないのに、必死に慌ててびっくりしながら否定する。なんかいいなぁって今ならそう思える。いや、その頃も、正直、まんざらでもなかったのかもなぁ。なんてね。
帰り道、年賀状を出してくれると言われた。
「あぁ〜、それ言ってほしくなかった」
「じゃあいいよぅ。出さないから」
「そうじゃなくって、言わないで出してほしかった」
「だってぇ、突然だと、
「突然がよかった」
それから、
「あたし、もうじき誕生日なんだ」
「そうなんだ」
「うん、プレゼント、もらうんだ」
「誰から」
「お父さんから」
なんてのもあった。お互い、素直じゃなかった。でも、僕は子供だった。Nさんは、たぶん女の子だった。
ある日、自転車置き場で、二人で話していた。そしたら、雨が降って来た。僕は、その時、濡れた髪の女の子はきれいだと思った。美しかった。Nさんは、家が近いからと、僕は玄関のところで、タオルを渡され、嬉しかった。それから、帰る時には傘を渡され、青い傘だったけど、返さなくてもいいと言われたから、それから何年も大事に大事に使っていた。僕の宝だった。
僕は結局心に決着を付けないまま、中学を卒業した。けれども、高校がある。新たに高校での生活が待っていると、何かしら爽快な気分になって、卒業した。
高校に入って、とにかく一番のビックニュースは、ゴールデンウィーク。恋の初歩も知らないまま、初体験です。友達の親戚のお兄さんで、その人が僕と二人で夜の海を散歩していたら、別にやましい気持ちはなかったんです。僕らにとって、何も海は特別なものではなかったんだから。その人が女を二人ナンパしちゃって、僕は積極的に話しに加わっていた訳でもないのに、勝手に話しが着いちゃって、僕にも割り当てが来ちゃって、それで、したのです。僕にとって、このことが、やがて、えぇっと、なんて言うか、そのぅ、要するに、恋の初歩も分からず、段階も踏まず、そこまでしちゃうと、その後、苦労しました。僕の恋愛での労苦は、それから端を発しているのかもしれない。一時期、ナンパばかりするようになったり。でも、思い出しちゃった。Nさんのこと。丁度偶然たまり場の喫茶店でね、バッタリ出くわしちゃってね。いきなりマッチをすって、僕に火を点けてくれた。それで、僕の火が点いた。危ないよね。危険だよ。でも、それから家で寝転んでばかり。苦痛だよ、胸の痛み。恋煩い。みんながセッティングしてくれて、でも、約束の時間に、約束の場所には行けなかった。酒をガブガブ一気しちゃったら、気が弱いよねぇ、そうでもしなけりゃ、度胸もなくてねぇ、それで、倒れてしまったのだ。僕は敗れた。でも、傘だけは使い続けた。僕が浪人して、それでも使い続けてた、その頃、たまたま電車で一緒になって、それで、まだ使ってるのが知られたくなくて、と言うか、何だか恥ずかしくなって、と言うか、焦っちゃって、とにかく電車の中に、そのまま傘を置いてきてしまった。あの傘、もったいなかった。残念。
大学に入って、一年間は楽しく過ぎたのかなぁ。まぁ、今までの男だけの世界から、女の子が自然と、いつも男と女が交ざってるのが当たり前となって、あぁ、あの娘、いいなぁ、隣りに座りたいなぁ、なんて、みんなでお茶したりする時なんかは、そんなこと思ったりした。たまに偶然があると無邪気に喜んだ。でも、そんなに偶然が毎度毎度重なるはずもなく、ある日、運を天にまかせて、荷物だけを置き、あとはトイレに入って、祈る。この他力本願作戦が功を奏し、神の見えざる手は計らいをしてくれた。それ以来、毎度毎度この作戦がうまくいった。時には僕の荷物が動いている時があった。とにかく嬉しかった。僕には、もうこの作戦しかないと思った。
僕らはよく女の先輩たちにも遊んでもらった。先輩たちが遊びに連れてってくれた。楽しかった。なんやかんや遊び続けて、そのまんまオールナイトしたり、スキー合宿の時、やたらとスキーが面白くて、スキーが好きになったりした。僕はそのスキー合宿で、この人の言うことを聞いていれば間違いないと崇めていた先輩と、なんとなくいい感じになって、それを切っ掛けとして、前から一度お願いしようかと思っていたことを、本当にお願いしてみるつもりになった。何のお願いかと言えば、それは『お願いします』と頭を下げるお願いを本気でしてみる気になったということだった。
僕は童貞じゃなかったけど、事実上の童貞だった。
何故って、確かに僕は初体験をしたけど、でも、あとで分かったんだけど、
その時は、ちゃんと『はまってなかった』し、つまり、入れてなかった訳だし、
自分で口説いた訳でもなく、女の子をデートに誘うことも電話することもできなかったし、
僕の『初体験』は友達の親戚のお兄さんがナンパした訳で僕がナンパしたんじゃない。
つまり、総合的に考えると、僕はやっぱり事実上の『童貞』だった訳だ。
したいのにしたいと言えなかった。極度の恥ずかしがりやでやりたくてもやりたいと言えなかった。
女の子に包茎とかインポとか疑われることが度々あった。そのくらい僕は臆病で女の子がそのつもりで
そんなつもりを女の子の方から露にされてもしびれを切らしてしまっても、『やりたい』と、本当はやりたいと
言えなかった。トラウマもあった。さっきも言ったけど、強姦されそうになったことがあって、中2のキャンプの時、
バンガローで女の子にジャージをお尻から脱がされそうになって、必死に抵抗した。僕がエッチについて、
少しでも知識があれば、初体験の絶好のチャンスだったのに・・・今にして思えば、恥ずかしくて嫌がってるふりをして、
ジャージもパンツも嫌だやめてと脱がされてしまえばよかったのだ。でも、その時の僕は中2にもなって一度も
オナニーをしたことがなかったから、この続きをすれば凄く気持ちよくなれたのにぃ〜・・・なんて分からなかった。
本当に何でこんなことされるのか分からなかった。トラウマになってしまった。その後、チャンスは幾らでもあったのに、
僕はできなかった。怖かった。恥ずかしかった。でも、一番セックスしたい時期にオナニーばかり何度も何度も
1日に何度もしていた。チャンスが来るとおびえてしまった。バカだ!僕は間抜けだった。女の子に恥をかかして、
僕も恥をかいてばかりいた。結局、27才まで童貞だった。しかも、最後の最後で妥協してエッチしちゃったから、
全然気持ちよくなかった。今でも悔しい。もっと、いいチャンスが何度も何度もあったのにぃ〜
山下貴子さん。
本当は貴女が私の本当の初恋だったのかもしれない。
確かに僕は幼稚園の時、高野優子ちゃんが好きだった。中3の時、永友さんが好きだった。中2の時、阿部さんに
牽かれた。でも、僕が病み苦しみ、女の子を必死に思い、焦がれ、自らの気持ちを必死に抑え、自ら抵抗し、
煩悩と闘い、敗れ去り、貴女が好きだと、凄く好きだと自覚せざろう得なかったのは、その初めては、山下貴子さん!
貴女です。君はね、・・・と僕に語り掛ける貴女に恋をした。君はね、・・・本当は、君はね、・・・。。。
横浜から小4の時、貴女は我らが三浦海岸に引っ越してきた。都会の香りがした。赤い T-シャツを着て浅黒の肌に
高原へハイキングに行ったのかなぁ〜と思わせる品のよさを感じた。「今度、引っ越してきた、山下貴子です」。一目惚れだった。
衝撃だった。センセイショナルに貴女は突然現れた。素敵だった。脚が速かった。痩せてるのに肉付きがよく、漢字が得意で
勉強ができて、先生にほめられて少年たちの注目の的となり、ヒロインだった。皆が憧れたが誰も貴女に手が出せなかった。
今で言う、才色兼備な女性で、小さい顔が笑むと可愛かった。大人っぽかった。大人気だった。僕は貴女に優しくされても
いたずらをしたり、時にはいじめたり、そんなことでしか愛情表現できなかった。貴女と結婚すればよかった。女って、色褪せるもんだけど、
山下貴子さん!貴女は決して色褪せない。 山下貴子さん!貴女の初恋は僕だったんですか? |
|