|
変
秋吉は女だったけど、僕と秋吉は仲のいい友達だった。お互いに『ひまじん』で、よく一緒に時間をつぶしていた。回りからは少々、誤解されるほど、二人でいることが多かった。でも、秋吉にはちゃんと彼氏がいて、それが、又、僕と仲のよかった大野だった。
そもそも、二人が付き合うことになったのは、秋吉が誕生日だからと大野が映画に誘ったのがきっかけだった。大野は軽い気持ちで誘ったのだが、秋吉は真面目な女の子だったから、大学に入学したばかりで、しかも、いきなり自分の誕生日にデートに誘われたということで『本気』になってしまった。でも、大野にはそんなつもりはなかった。それで、僕が仲介に入って、二人は付き合うことになった。大野は少々、しぶしぶだったけど、僕は大野に「ああいう子は泣かせたらいけないよ」と、それが決め手となったようだ。
秋吉には、長嶋という女同士で仲のよい友達がいたから、僕らは3人とか4人でいることも多かった。
それぞれが、皆、さみしがりやだったのかもしれない。
とにかく、僕らはよく一緒にいた。そんなことだから、僕らはよく秋吉の家で集まったりしていた。学校でもよくだべっていたけど、秋吉の家は家庭の事情で一件家なのに秋吉が一人で住んでいたから、それに僕と長嶋は通学にものすごく時間のかかるところに住んでいたので、何かっていうと秋吉の家に泊まらせてもらっていた。大野と秋吉はカップルなのに、大野には僕が、秋吉には長嶋が、わざわざお付きのような役割を果たしているようなもんだった。
でも、やっぱりみんな、何かと口実を作っては遊びたかった、というのが実情だったと思う。それで、僕と秋吉が二人でいることも多く、また、誤解されることも多かったんだけど、4人でいることも多かったので、僕と長嶋もよく勘違いをされることがあった。でも、秋吉の家で泊まる時も、それに、4人で旅行に行ったこともあるけど、秋吉と長嶋が同じ部屋で、僕と大野が同じ部屋だった。本当に不思議な集まりだった、と思う。でも、僕らは極端なことを言うと、眠る寸前まで、だべっていて、目が覚めると、寝間着のまんまで集まり出して、とにかく馬鹿々々しいくらいにまでに時間を共有していた。本当に仲がよかったんだ。
けれども、僕らには少々、面倒な問題があった。実を言うと、男と女ということになると、大野と秋吉は上手くいってなく、僕と長嶋はよくつるんではいたんだけれど、決して男と女というようにはならない、遊び友達だった訳だし、僕は僕で彼女がいないことをいくらなんでも、そのままでいいとは思えなかったし、長嶋も長嶋で、やっぱり彼氏が欲しいと思っていたと思う。
ただ一度、僕と長嶋の二人で、長嶋が慕っていた先輩の家に泊りで遊びに行ったことがあり、その先輩は一人暮らしだったので、ざこ寝をすることになって、女の二人はよく眠っていたけれど、僕はもともと寝付きが悪く、それに、やっぱり、いくら長嶋だとはいえ、すぐ隣りで、ちょっとした加減で肌と肌が触れるくらいのざこ寝だったので、ちょっと違和感があったかと思う。そして、長嶋は眠りながら、本人は全然気づいていないようだったけれど、まぁ、本当に長嶋は眠っていたんだから、でも、長嶋の手が僕の大切なところに触れられていて、というよりも、長嶋の手の平が僕の大切なところにべったりと置かれているような状態だったので、それはちょっと、参った。
更に、そして、実を言うと、夏のむしむしした寝苦しい夜だったから、僕はジーンズを脱いで、ブリーフのパンツで寝ていたのです。もぉう〜! それで、僕はちょっと困ってしまったんだけれど、そのうち、そのまま寝てしまったのだった。すると、夜中に先輩のびっくりした声が響いて、目が覚めたら、僕の大切なところはブリーフのパンツから、はみでそうなくらいで、こんもりと大きな山を作っていたのでした。長嶋が、「何で、そんな格好で寝るのよ。それにどうしてそういう風になるのよ」と嫌みっぽく口にしていた。僕は、「健康な男なら、眠っている最中にそういう風になるし、だから、いわゆる『朝立ち』がある」と説明した。それで、二人は納得してくれた。
でも、長嶋は僕のこかんを実はただで触ってたんだから、ずるいとも思った。そんなこと、他の女の子が知ったら、絶対に怒るはずだ。そして、長嶋はしっとされるはずだ、なんてことないか、なんてね。でも、長嶋はともかく、女の先輩まで、あんなにびっくりしてたんだから、僕は嬉しかった。自信をもってもいいのかなぁ、なんて、思ったりもした。だけど、そういう問題でもないよな、とも思ったりもした。
という訳で、僕らは不思議で仲のよい四人組だったのだ。
ところで、このことは秘密にしておこうと思ってたんだけど、だって、僕の人格が疑われるかもしれないから。でも、正直に話す。
その先輩の家に泊めてもらって、いいことが2つあった。
一つは、その先輩は自分の部屋だからということで普段着だったんだけど、丸首のTシャツにたるみがあって、ノーブラだった。何でそんなことに気づいたのかというと、その先輩がかがんだ時に、おっぱいが丸ごと見えてしまったのです。
いいえ、見てしまいました。そのことに、その先輩は、全然、気づいてない様子で、僕は、乳首まで、はっきりと見えてしまったもんだから、いいえ、しっかりと見てしまったもんですから、びっくりして、嬉しかった。やっぱり、女の人の部屋って、エッチなんですねぇ。僕にはちょっと刺激が強過ぎたかもね。
それから、もう一つ。その先輩は手料理を作ってくれたんだけど、それだけでも嬉しいことなのに、なんと、
「栗山くんて、ポテトサラダ、好きだったよね」
「はい。あっ、でも、なんで知ってるんですか?」
「前にそんなこと言ってなかったっけ?」
「あぁ、言いました。覚えててくれたんですか?」
「うん、だから、作ろうかと思って」
と、ポテトサラダもメニューに加えてくれたのだった。それには長嶋も驚いてしまって、というより、その先輩をあがめていた長嶋は僕にしっとしていたくらいだったんだから。
でも、本当に、とっても楽しい先輩の家だった。
それから、帰りには、僕と長嶋で、飛鳥山公園に行った。
何故って、僕が子供の頃、よく遊んだところだったから。アスレチックを見た時には、子供の頃を思い出した。噴水を眺めながら、公園のベンチに腰かけていると、長嶋がずっと黙っていたから、僕は、
「ここって、いいデートコースなんだよ」
と、こんなセリフをはいてしまった。長嶋は「えっ!」って、声をもらし、顔を赤らめていた。僕もガキだったけど、長嶋もうぶだったんだよね。
今の長嶋は酒は強いし、よく飲むし、カラオケは好きだし、すごい生活してるんだけど、この頃は『女の子』だったんんだろうね。
それで、話しは戻るんだけど、飛鳥山公園に行った後、僕と長嶋は、僕が小さい頃、住んでいた家を見に行くことにした。そしたら、僕が住んでいた家も隣りの大家さんの家も、そっくり大きなビルに代わっていた。そして、僕が毎日のように遊んでいた、近くの公園は、でっかい山のようなすべり台があって、そのまま砂場が広がってたんだけど、大学生の僕の目には、思っていたより、こじんまりとしていた。ちょっと悲しかったけど、時間が経つにつれ、じんわりと嬉しくなってきた。あと、この辺の最寄り駅には、ちんちん電車が走っていて、小川が流れているんだけど、その川に沿って散策できるような小道があって、風情があり、もしかしたら、これって、僕と長嶋の『デート』だったのかもしれない、なんてね。
本当に僕らは変な4人組だったのだ。
あっ!でも、もう一つ、僕ら4人組のことで、話さなければならないこともあった。それは、秋吉と大野が男と女としては、あんまりうまくいってなかったと言ったけど、秋吉と僕が仲良していると、大野は機嫌が悪くなることが多かった。普段は、結構、放ったらかしにしているようなところが多分にあったのに、やきもちだけは、やくようなことがあった。それが、4人で箱根に一泊旅行をした時に爆発した。大野が秋吉に怒鳴りつけたのだ。
「お前は栗山の女かよ。違うだろ、俺の女だろ!」
と、だから僕は、
「だったら、もっと、秋吉を大切にしろよ!」
と、言ってやった。それから、僕と秋吉を疑うなんて、おかしいとも付け足した。秋吉は僕といちゃついてるように仲良くしているようなこともあったけど、大野にふり向いてほしくて、僕をそういう意味では利用していたのかもしれない。
でも、僕は、それでも仲のいいことには変わらないと思って、この『親友』の、そんなつもりに対しても、無条件で許していた。全く気にしてなかった。
ところで、この箱根一泊旅行なんだけど、お年寄りの人達の他はカップルばかりで、僕は『羨ましいなぁ』と思ってたけど、他から見れば、僕らも二組のカップルに映るんだろうなぁ、と、そんな気がして、食堂で4人で食事している時なんかには、ちょっと、そんなことを意識したりしてしまって、恥づかしかった。
こんな僕ら4人組だったけど、ある日、突然、事態は変わることになる。それは、夏休みのことだ。突然、大野から電話が掛かってきた。
「何だ、どうした?」
「いや、そろそろ合宿免許も終わった頃かと思ってな」
「おう、今日帰ってきたばっかりだ」
「今日?」
「うん、今から2〜3時間前に帰ってきた。」
「ほんとか。なんだ、そうか。いや、もう帰ってきてから、何日か経ってると思って、栗山もどうしてるかな? と思ったから」
「あっ、そうか。で、何?」
「いやな、お前、これから秋吉ん家、来れるか?」
「何で?」
「いや、秋吉が友達を連れてくるから、花火でもやって遊ぼう、ってことになってな、まぁ、秋吉の友達だから、あんまり期待はしてないけどな」
「どうして?」
「だって、『類は友を呼ぶ』って言うだろ」
「お前、それは失礼だろ」
「ハッハッハッ」
「でも、うちから秋吉ん家までだと、かなり時間かかるぞ。ここ、学校じゃないんだからな」
「まあ、とにかく来いよ。遅れるのはいつものことじゃねぇかぁ」
「ハッハッハッ、まぁ、とにかく行くよ」
僕は高校時代の友人と一緒に合宿免許を取りに行っていて、帰ってきた、その日にいきなり電話が掛かってきて、びっくりした。家で、ちょっとごろりとして、疲れたぁ、と思っていたところで、又、遊びの誘いだ。僕は、あぁ、忙しいと思いながらも悪い気がしなかった。とにかく遊びたい年頃なんだよね。
数時間後、秋吉ん家に着いた。秋吉は、
「遠いところ、はるばる ご苦労様!」
と、言ってくれ、それから、ちょっと、うす笑いを浮かべた。少し変だな、と、なんとなく思った。大野は、
「おめえ、随分遠いところに住んでんなぁ、どっから来たんだ」
と、ゲラゲラ笑っていた。つられて僕もゲラゲラ笑ってしまった。そして、うるせぇ! と、一言、文句を言って、そしたら、皆で大爆笑となった。
けれども、一人の女の子がペコンと頭を下げて、ニコッと照れ笑いをしたら、僕は声が出なかった。秋吉は僕の顔を見ながら、ニタニタ笑っていた。そして、
「私の高校の時の同級生で、石原さん。」
と紹介してくれた。僕は真顔になってしまった。
そして、恐る恐る、ちらりと視線を向けながら、お辞儀をして、
「こんにちは。はじめまして」
と、丁重に挨拶した。
とてつもない美人だった。それなのに、ひかえめな様子で、少々、恥づかしそうにしていた。それが、又、よかった。そして、すごくやせていた。肩幅がせまくて、顔が小さかった。微笑ましく整った顔立ちだった。その上、ちょっと目のやり場に困ってしまうくらいに、大きいところは大きくて、細いところは本当に細くて、きゅっと締まっていて、とにかく、素晴らしい体をしていた。とっても立派な女の武器を持っていた。けれでも、こっちの方が、そんなこと思ったら、いけない!いけない!という意識が働いてしまう程に、照れているのかしら? と疑いたくなるまでに、本当にひかえめな表情で、そして、身のこなしは恥じらいを感じさせる仕草で、これ以上はない『女』らしさだった。でも、『女の子』だった。かわいかった。長い目つ毛がすだれのように瞳の大半を隠して、下を向いてばかりいた。時折、まばたきをしながら、顔を上げようとするんだけれど、視線が合ったりすると、びっくりしちゃうのかな? すぐに、又、下を向いてしまう。ちょっと話しをしているうちに、質問したりすると、一呼吸置いてから、うなずいたり、首を横にふったり、目つ毛をパチクリパチクリさせながら、だんだんと視線が上向きになってきて、目が合っちゃうと、さっと下を向いてしまう。そして、あごをひいて、赤らんでいる。初対面で紹介されて、落ち着かない様子だったけれど、決して、しとやかさを失うものではなかった。その気色に色の華があって、そんな色の気に危ない香りのみじんもなく、僕みたいな恥づかしがりやでさえ、見入ってしまう程だった。僕にとって、女の人の色の気や色の華は、そして、色が香りを放ったりすると、通常、大抵、そんなように感じられたりすると、困ってしまうものだったのに、この子には、ずっと見ていたくなってしまうような、思わず、じっと見とれてしまうような、そんな心地良さがあって、優しそうな笑顔が、実に、さわやかだった。笑んだ表情が、あったかそうだった。危険な香りはおろか、いやらしさなど全くなかった。
僕はなんだか素敵な夏の夜を感じた。もう、暗がりの時分だった。花火が随分、楽しくなるだろうと予感した。最高の演出だ。そして、これ以上の偶然があろうかと思った。夏の夜の花火。
最高だ!最高だ!最高だ!
と思った。
ところが、秋吉に尋ねると、
「ああ、もう、花火なんか全部やっちゃったわよ。あんたが来るのが、遅かったのよ。待ってたんだからね。」
「えー!」
「とにかく、まだ、寝るまでには時間があるんだから、盛り上げてよね。頑張ってよ。いい?そこんとこわかってよね。」
「うん。頑張る。」
「どう?あたしの友達。」
「文句のつけようがない。」
「そうでしょ。あたしの友達とは思えないでしょ。」
「うん。」
「はっきり言うわねえ。もう、ハッハッハッ。」
石原さんとはなんとなく会話を交わして、それとなくいい雰囲気になって、ほどよい加減の『談笑』となった。石原さんはうなずいてばかり。しばらく動きが止まるかのように、そして素早く、こくりとうなずく。間に軽く冗談を交ぜたりすると、赤らんだ肌が笑顔を作る。素敵な目をしているのに、まぶたをヴェールにして、何かの弾みで、それが、あらわになると伏せてしまう。でも、その一瞬が見たいばかりに、僕は、ちょっとしたコギャグを繰り返した。確かに僕の顔なんて、直視できる代物ではないが、僕のギャグにいちいち、嬉しそうに笑うから、「そんなに面白い?」と、僕も嬉しいから、そう尋ねると、多少の間を置いてから、こくりと弾むようにうなずく。あんまりうなずいてばかりいるから、「そんなに面白い?」と、尋ねる瞬間に、「でも、本当はつまんないでしょ」と投げかけると、うなずきかけたところで、あわてて首を横に振る。その動きの止まらないうちに、今度は「でも面白いでしょ」とはさむと、動きを止めて、それから、うなずく。それで、僕はいたずらをしたくなり、「ギャグが面白いんじゃなくて、俺が面白いんでしょ」と、突っ込みを入れると、又、嬉しそうに笑う。そこで、「面白いっていうより、変な人って思ってない?」と、勢いで言ってしまうと、楽しそうに違う違うと首を横に振る。声まで上げて笑う。それが嬉しかった。だって、なかなか声を出してくれないから。笑う時も、首を横に振る時も、声を出さない。喜んでくれても、なかなか声を出してくれない。だから、嬉しかった。なんだか伏せているのは、まぶただけで、実は、大半を隠している瞳はこちらをうかがっているような気さえした。その気分が、又、たまらなくよかった。そこで、僕の方が黙ってしまったところで、ようやく顔をこっちに向けてくれたままで、ちゃんと目をくっきりさせて、やっと、それと分かるように僕を見てくれた。
すると、秋吉が、
「ほんとに、面白い人でしょう。アッハッハッ、ていうか、変でしょ、この人。正直に言っていいのよ」
と、石原さんに向いた。石原さんも秋吉に向いた。二人は目で会話をしているようだった。石原さんの目には戸惑いがあった。そこで、僕は口をはさんだ。
「正直に言ってくれていいんだよ。ちょっとは、少しくらいは、変かな? って思ったりしたでしょ」
と、そろりと尋ねると、石原さんは黙ってしまって、動かなくなった。そして、下を向いてしまった。
それから、長い間を十分に取って、それから、手加減して、小さくうなずいた。そこで、一同、大爆笑のうずとなった。
僕は素直に感想を述べた。
「変ってことは、面白いってことでしょ?」
その言葉に石原さんは顔を見上げながら、又、黙ってしまった。そして、おどおどしていた。
「変って、思われることは、俺にとっては嬉しいこと。面白くて、しかも個性があるってことにならない?」
うなずいた。石原さんがうなずいた。そして、僕をじっと見ていた。
「だから、俺は『変』って、思われるのは嫌じゃないし、『変』って思われたい」
顔がひきしまってきた。石原さんの表情が真剣になった。まだ僕を見てる。
「俺って、変でしょ」
うなずいた。石原さんがうなずいた。僕は石原さんの勇気を感じた。石原さんの視線に鋭い光が走った。それを受けた、僕の目は固まってしまった。緊張感が漂って、それでいて、見つめ合うような形になってしまった。そして、僕は沈黙を破った。
「でも、本当に『変』っていうのも困るでしょ。本当の『変』。どう? 困るでしょ?」
何を意味しているのか分からない。どう返事したらいいのか分からない。石原さんは、そんな風情だった。僕は言葉をつなげた。
「だから、変態だったら、困るでしょ?」
首をたてにふった。ちょっと笑いながら、石原さんはうなずいた。
「俺は変態じゃないよ。それは分かってくれているでしょ。俺は変態じゃないよ。まさか、俺のこと、本当に変態だと思ってるんじゃないでしょうねぇ。違うよ。それは分かるでしょ」
こきざみに、こくりこくりとしているうちに、くすくすと笑いだし、最後に大きく、こくり、として、大きく笑ってくれた。喜んでくれた。手を口にあてていた。本当に楽しそうにしてくれた。だから嬉しかった。
とにかく楽しい一日だった。特に印象に残っているのは、おふろあがりにダボダボの寝間着姿で現れたこと。あんまりかわいいもんだから、ちょっと強調されている女の武器は見ないようにして、それでも、あんまりかわいいもんだから、「肩、もんでくれる?」と冗談で言ったら、こくり、と。本当に僕の肩をもみ始めて、びっくりしてしまった。少々緊張が過ぎて、肩をもんでもらったら、肩がこってしまった。でも、石原さんの手は小さくて、指は細くて、本人は一生懸命、力を入れてるのが分かるほど、がんばってくれて、でも、か弱くて、その感触が、実に、よかった。妙に、たまらなかった。変に恥ずかしくて。僕は「もういい、もういい」と、ほんとに十分だったから、そう言った。石原さんは手を止めた後も、僕の後ろに立っていた。ふり返ると、嬉しそうに笑んでいた。笑んでくれたのかもしれない。どっちだろう? という思いが沸き上がるのと同時に、どっちでもいいと思った。
それと、もう一つ。何を食べたかは覚えてないんだけど、手作りの料理だったと思う。気分がよかった。爽快だ。大野は、
「どうなってんだ。一体、どういうことだ。長嶋の時は、カップラーメン食わされたよなぁ」
と。みんなゲラゲラと笑ったが、勿論、石原さんはそんな品のない笑い方はしないけれど、秋吉は、
「そうだったわねぇ。でも、今日は、あたしも一緒に作ってるのよ」
と自分をアピールしてから、ゲラゲラと笑っていた。朝になって、僕らは、ひまだったけど、石原さんは 看護学校に通っていて、授業やら実習やら、それに加えて、そんなに忙しいのに、ちゃんとアルバイトも。おまけに寮に入っているから、当番やら何やらとかで、残念。僕は、思わず、
「また逢いたいなぁ」
と漏らしてしまった。すると、秋吉は、
「だから、学園祭の時に来るから、又、よろしくね」
と。僕は、
「ほんとに?」
と石原さんを見た。石原さんは、うなずいた。
学園祭の最終日に石原さんは現れた。というより、僕が少々というかだいぶ遅れてしまったために、僕が着いた時には、もう来ていた。みんなにも「また遅刻ぅ。責任者でしょ」と叱られてしまった。僕は、ちょっと面目なかったけれど、石原さんがこっちを向いたから、軽く会釈した。石原さんもタイミングよく、それで返してくれた。けれども・・・
あの子がいる。もう、あきらめたけれど、まだ思いは消えていない。今日に限って、もう、半分は幽霊部員になっているのに。今日は来てる。秋吉には「ほら、せっかく来てくれたんだから、あとで、キャンパスでも案内してあげて。そこんとこ、頼むわよ」と言われた。でも、僕は、みんながあんなに一生懸命なのに、と思って、いや、そうじゃない。それは言い訳だ。僕は、片思いを続けていた、あの娘の目の前で、その張本人の前で、ためらってしまっただけだったんだ。
時間は、どんどん過ぎていく。石原さんはエプロンまで付けて、協力してくれた。隣りで男が執拗に話しかけている。僕は事務的な言葉しか交わせない。どうしようどうしようと焦りながら、やっぱり行動に移せなかった。秋吉には、さんざん叱られた。説教された。何も言われても言い返せなかった。石原さんは僕らのサークルで、一躍、人気者となってしまって、男どもが群がった。時折、僕の方を見ているようだった。それでも、僕は動けなかった。駅の帰り際では、花まで渡す馬鹿がいた。普段は、そんなことしないのに、と思える先輩まで、
「俺も行くか」
と言って、話しかけていた。男どもは色目を使っていた。みんな馬鹿みたいだった。でも、僕は、もっと馬鹿だった。石原さんは僕を気にしているようだった。そんな石原さんを放ったらかしにして、僕は見ているだけだった。やがて、石原さんが一人となり、それでも僕を見ていた。けれども、全体が打ち上げコンパに向かい出すと、僕もそれに習った。それを見て石原さんは改札の方に行こうとした。僕は自分が離れるように歩きながら、目だけは『待ってくれ』と、やっぱり、見てしまった。石原さんが帰ろうとして、、向き直った。さぁ、行け。行け。
それでも、僕は話しかけれなかった。そして、石原さんは消えた。
それが最後だった。秋吉には、すごく怒られた。僕は馬鹿だった。
石原さんは、たった2回しか会っていないのに、今となってもいい思い出だ。
ふと、今頃どうしてだろう? と、ちょっぴりいけない想像を働かせてしまった。
でも、ありがとう! 僕のお見合いの女! |
|