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微笑
「かんべくん 未亡人が『意味ありげに微笑んだ』というのはおかしい」
「どうしてですか?」
「だって この場合 未亡人に対する描写が少ないということは『小さくて白い』というより他は未亡人という言葉だけでインスピレーションをかきたてようとする意図があるわけだから未亡人はあやしげで不可解で、そして、不可思議でなければいけない。その神秘性をここまで表現しておきながら 最後に『意味ありげに微笑んだ』と、言ってしまったらあやしげでもなくお忍びという要素が書き消されてしまうことになりかねない。」
「どうしてですか?何故 この表現ではいけないんですか?」
「未亡人が『意味ありげに微笑んだ』らおかしい。」
「でもそれは栗山さんの考え方ですよねえ」
「そうじゃない だったらこの表現を使ってちょっと 失礼な言い方になるかもしれない、訂正することができる」
『節子さんは意味もなく微笑んだ』この方が未亡人らしいし、つまり 未亡人となったばかりの節子さんが今のあたしだったら何するかわかんないわよ。 何でもしちゃうかもよっていう未亡人の危うさを上手く表現できると思う。すると微笑んだというのもおかしい。微笑むと言ったらあったかいし 未亡人があったかい訳ない。未亡人は冷めていてだから何をするのかわからない。そうでなければ、この文章の趣旨に合わない。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「例えば、笑んでみせると言えば、茶目っ気があるからおかしい。笑みをこぼしたと言えば嬉しそうだからこれもおかしい。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「だから、最初にかんべくんが言ったそれは栗山さんの文章になってしまいますよ。と、言った薄笑いを浮かべるという表現がこの文章でもふさわしいということにならない?」
すると、かんべくんは反発的な視線を下げて、うなだれるように落胆の色を見せた。そこで竜田君が 口をはさんだ。
「栗山さん それ十分な評論になってますよ。」
実を言うと、僕は常々、自分の文章にも他人の文章にも発言しないことにしていたので意見を求められると、
「僕は評論はできない。そういう能力がないんだよ。だから他人の文章には発言しないし、自分の文章がどう解釈されても構わない。」などと口にしていたのだった。
「栗山さん どうして僕の文章をそこまで解るんですか?僕の文章なのに僕より解っているじゃないですか」
「いや、実を言うとね、節子さんという小さくて白い未亡人が僕の知っているある女性と似ていたんだ。それが最後の『紫陽花の花言葉は浮気心』という決め文句で、うす笑いを浮かべた未亡人とその女性が全く合致したんだ。それから勿論、節子さんを慰める為に ケーキを持っていく『僕』っていうのはかんべくんをイメージしていたんだけどね。」
そこで、竜田君が一言、
「栗山さん、その設定で栗山さんだったらどう表現しますか?」
節子さんのところにケーキを持っていくことになった僕は本当のところ、少々、うきうきしていた。足早だった。すぐに着いてしまったような気がしたが、汗をかいていた。チャイムを鳴らすとほどよく節子さんがドアを開けてくれて、
「あら、どうしたの?」
と笑顔を見せた。僕はどもりながら、
「これ、持ってきました。」
と箱を差し出し、柄にもなく作り笑いをした。
すると、節子さんは、
「ああ。」
と、ためらいの表情をしたが、すぐに機を取り直して
「入って。」
と、ドアをそのままにして奥の方に慌てて戻って行った。僕はちゅうぶらりんとなったドアに気をとられたが、いいのかな、いいのかな、と思いながら中に入って行った。
ドアもちゃんと閉めた。しばらく玄関で靴をはいたままだったが、なかなか節子さんが現れないのでいいのかなと思いながら上がろうかな、と、よぎった時、中の方から、
「気にしないでいいから、入って。」
と節子さんの声がした。そのタイミングが僕の動作と調子が合ったので、
「はい。」
と、大きく返事をした。
いいのかな、いいのかな、と、中をのぞき込むようにしながら、結局、僕はちゃっかりと椅子に腰掛けていた。
節子さんは勝手の方で何かしているようだったので、テーブルに置いたままの箱を手持ち無沙汰に持ち上げたり、ポンポンと軽くたたいたりしていた。ようやく節子さんが現れて、
「ありがとう。」
と、嬉しそうにしてくれた。僕が差し出すと、
「あら、ケーキ?」
と、中をのぞき込み
「ありがとう。ちょっと、待っててね。」
と、勝手の方に戻って行った。
再び、姿を見せた節子さんは、おぼんで、ケーキを運んで来てくれた。お皿にのったケーキにフォークが添えてあって、僕に差し出してくれると、
「あたしも一緒に食べていい?自分の分も持ってきといてそんな言い方ないか?」
と笑った。僕も笑った。
「その為に持ってきたんですから。」
と、足した。すると、節子さんは、軽くうなずいて、又、勝手の方へ戻って行った。
今度は小さなカップに紅茶を入れて持ってきてくれた。
やっと、節子さんは椅子に腰をかけ、ズルリズルリと椅子をひいて、
「さあ、食べましょうか?」
と、フォークを持った。それから僕はたわいもない会話を持ち出しては、言葉につまり言葉につまってはケーキをほおばったり、わざと少しずつ食べたりしていた。節子さんは最初の一口に手をつけただけで、後は、じっとしていた。ほおづえをついて、無表情に僕に視線を向けていた。僕はやたらとその視線が気になって下を向いてばかりいたが、節子さんが一言もらした。
「一緒にケーキが食べられるなんてねえ。」
そこで、僕は思わず、
「そうですよ。まんじゅうじゃないんですから。」
と、口走ってしまった。節子さんはハッハッハッと、声を上げて、その後、真顔で、
「おまんじゅうだって一緒に食べたかもよ。」
と、子供がすねたような言い方をした。
それが嬉しくて僕は、
「僕だって、まんじゅうでも一緒に食べたいです。」
と、痛快に笑った。
でも、僕のギャグがヒットしたのはその一回きりで、後は、又、会話が途切れがちになり、折角の時間だったのにそれをどう潰したらいいのかばかりに頭を働かせていた。
無表情に僕を見る節子さんに緊張しているせいもあった。沈黙が続いた。もう既にケーキは平らげてしまって、紅茶も飲み干してしまった。話題も提供できない仕方なく僕は咳払いをした。偶然、節子さんを見てしまった時、無表情だった節子さんは立ち上がり、又、勝手の方に引っ込んでいく途中で振り返り、
「牛乳とトマトジュースがあるけど、どっちがいい?」
と声を弾ませた。
僕は救われたような気になって、
「トマトジュース、お願いします。」
と、張りのある声で応じた。テンポよく節子さんは、
「トマトジュースね。」
と、口にして、消えて行った。
視界に入ってくる節子さんはおぼんに大きめな円柱のグラスにトマトジュースをたっぷりと入れて運んできてくれた。僕はその大きなグラスとトマトジュースの量に満足した。
ホッとした。これだけの分量があれば時間をつぶせると思った。僕は少しずつ飲んでるつもりだったが、時間はあっという間に過ぎてしまった。僕はこの大きな円柱のグラスに残った少量のトマトジュースをぼんやりと見つめていたが、これを飲み干すわけにはいかないと思った。もう三杯目だ。もう、おかわりはできない。時間はあっと言う間に過ぎてしまった。その間、会話という会話はずっとしていない。ぼんやりと、下を向いていた僕だったが、意を決したつもりになって、顔を持ち上げ視線を合わせた。
すると、節子さんは薄笑いを浮かべた。僕はじっと見入ってしまったが、一瞬、ハッとなってしまった。
紫陽花の花言葉は浮気心。 |
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