そこはかとなく戯れて


 修学旅行のバスの中、寝ていると、前の椅子と椅子の隙間から、瞳がふたつ、見てた。

 瞼を開けていくと、それに合わすように、ふたつの瞳を囲む浅黒の肌が緩み出して、笑みが溢れた。

 「寝てたぁ。」

 「うん。」

 頬に触れてる髪の先が尖ってて、多少緩み掛かった肌に誘われて、くねった眉が無邪気に徒っぽくて、コロコロと歩転ぶ瞳に蜜が溜まって滴っているみたいで。頬が生き生きとして、憎つらしかった。

 トランプで遊んで、バスの中だというのに寛いで、かわいらしい靴下に蹴っ跳ばされちゃった。

 「あっ、零れたよぉ。ティッシュ頂戴。」

 「えっ、あっ、御免。ちょっと待って。」

 左のポッケ、右のポッケ、えいっ、手帳だ、こんなひとつひとつの仕草に心躍らされて、男冥利に尽きる、なんて大層に思った。胸のポケット、スカ−トの、あら?

 「御免。鞄の中。」

 「えっ、あぁ、うん。」

 「あっ、これ貸して。」

 目で追うようにしながら、口元に充てて、丸められた、柔らかそうな拳骨を、男ものの靴に指差して、その動きに意外と躍動感があって、残念に思うかというと、その逆で、女の子っぽさを感じた。ポ−っとなっていたら、足元に覗き込んでいた顔がこっちを窺った。又、躍動感があった。

 「えっ、あぁ、いぃよ。」 

 畳んでた両の脚を少しづつ交互にずらしながら、膝が尖ってスカ−トが翻りそうになるので、裾を擦るようにする。瞬間、脚が浮き彫りになる。俯き加減の眼差しは、ちょっとした加減で目つ毛に被せられ、パチクリしている。じりじり前髪が掛かり出して、眉を乗り越え、瞼をくすぐり、目つ毛を嘗めて、一層パチクリさせる。口をつぐんだまま声を出して、首で髪を払って一生懸命になっている。

 今、何か問うたら、その動きを止めて、小首を傾げてくれるだろう。臑を抱えて「なぁ−に。」って。黒い髪が揺られていた。それが突然跳ね上がった。

 「わぁっ。」

 右の手が上腕に、左が肩に、はたっ、はたっ、と乗せられて、舞った髪に目をはたかれて、顔がくしゃくしゃになって、それから、直ぐにスルスル滑り出した。鼻をくねって、良い匂いがした。最後に空いた口を蹴跳ばされ、何かしら静電気のようなものを感じた。濃いぐらいの眉が目近にあって、視界を圧迫していた。

 「御免。」

 勢いの割に痛くなかった。手の平が静かに呼吸している、そんな感じさえ伝わって来る。チャポン、と言った缶がしぶきを放り投げて、伸び切った塊が散り散りに着地して、消えかかっていた。

 仰け反るようにすると、遠ざかる手の平が肘で掻き揚げられ、順次御辞儀して、臑に戻った。

 手を添えて靴を履き済ますと、これっ、と振り向いて、ウッフフ、と喉を鳴らして笑ってみせ、クッションいいね、だって。丈も縁もすっぽり埋まった踵(かかと)が弾む歩幅で顔を出す、にょきにょき。

 両の手を荷台の鞄に指し伸ばすと、シャツがはだけてしまい、慌てて片方の手を遣った。一瞬、両の手と脚がひとつのつながりのように感じられた。そのまま、もう片方は真っ直ぐに鞄に延ばして手を着けたまま、こっちに向くと、はにかんで、

 「ティッシュ、ハンカチも要るぅ。」

 と今度は真面目な顔をして、その後、又、はにかんだ。それから、揉み洗いで、しみを落としてるようにも見えるけど、落ち着きもなく、ちょっと慌てふためいて、シャツの方に応急処置を始めた。平気ぃ、って指差してその事に触れてみたら、時間がなくなったような御面は一変に上気してしまった、っていうのもつかの間、目を細くさせて、鼻の根元に皺寄せて、嫌々、って顔して、自分でも指差して、二度三度頷きながら、うわずった笑い声をあげた。エッチぃ、って、ちょっと待ってよぉ。

 「ゑぇ、なぁんでぇ」

 「だって」

 「ぇえ、別にそんなんじゃないんじゃなぃ」

 「嘘ぉ」

 舌が足りなくなるから、それで、謝った。それから、シャツは応急処置のままで、鞄をゴソゴソやり出した。弄くり回す手が、硯の上に墨を払う筆みたいに、甲も平も返ったりして、脚をふらつかせながら、かわいい靴下を覗かせていた。

 「はいっ」

 「ぇ、あぁ、りがとぅ」 

 「でも、今日は晴れて本当に良かったね。昨日は初日から突然雨で、

 「ハハッ、何、その突然って」

 「あっ、そうかぁ、天気予報で言ってたもんね」

 「そうなんだぁ」

 「えっ、ぁ、じゃなんでっ」

 「えっ、ぁあ、別に」

 「あっ、バカにしてる」

 「えぇっ」

 「あ!そうなんだ」

 「ぇ」

 「そうでょうぉ」

 「えっ」

 「そうなんだ」

 「ぇ、ハハッ」

 思わず吹き出しちゃって、違う違う、って手を横に振ったら、それが気に入らないらしく、腕組みをした。頬を膨らまして、そんな膨らんでないけど、眉を吊り上げて、怖くないけど、口まで尖らせて。

 



 先迄「寝・むぅ・たぁ〜ぃ。」なんて、自分だけさっさと布団に入って、嫌味っぽく言ってた癖に、「う・るぅ・さぁ・いぃ−。」って今度は怒ってまだ起きてんの。

 「ねぇ、ミチぃ、まだ起きてるの?」

 「そうよぅ。でなきゃしゃべれないでしょ」

 「あっ、そうか、そうよねぇ。ぁ、だったら、ねぇ、一緒に話しでもしない。ねぇ、聴いてる、ミチぃ」





 「ねぇ、何してるのぅ」

 「なんか、寝てるみたい」

 「あぁさぁっぱぁらぁかぁらぁ−」

 「ちょっと、声大きい」

 「あっ、なんてこと、ハハッ。で、本当に寝てるの」

 「なんか、そうみたい」

 「ふぅん。朝から寝てるなんて、随分呑気ね。どうかしたのかしら」

 「ほんと、どうしたのかなぁ」

 「あぁぁ、あんた、先からほんとよく飽きないわね。どれどれ、あたしにもちょっと見せて」

 「あっ、ちょっとミチぃ。あんたはいいでしょう」 

 「もう、別にいいでしょう。あっ、ほんと、よく寝てるわ」

 「そうなのよぅ」

 「あらあら、でも、なんか、随分幸せそうねぇ。何か良い事でもあったのかしら」

 「そうなのかなぁ」

 「なんか、あたしもやっぱり眠いわ。今日は良い天気だわ」

 「ちょっと静かにィ。なんか、起きそう。あっ、あっち向いて、ホラッ」

 何が、ホラッ、よ。なんだってほんと、なぁにぃがぁ、寝てたぁ、よ。先から、散々、見てて分かり切ってぇるでぇしょおぅ。あぁあ、ほんと、あらっ、そっち行っちゃうの。あぁあ、まっ、いいけぇどぅ。おぅおぅ、若い若い。やってくれっ、やってくれっ。





 「昨日さぁ、

 うん、どうしたのぅ

  結局、外、行かなかったんだ。先生に見付かっちゃって、ずっと、夜中まで正座させられてて、そしたら、みんなもう寝ちゃってて、ひとりで、馬鹿みたいだった。ハハッ、笑っちゃうよ。ジュ−ス買えなかったから、はい、百円。昨日、御免ね」

 「えっ、ぅんぅん、いぃいぃ。昨日、あたし直ぐ寝ちゃったの」

 「えぇ−!他人が夜中まで正座させられてたのにぃ」

 「えっ、あっ、御免。寝ちゃった」

 「そうなんだぁ」

 あたし、ずっと、真剣な顔してたの。だって、こんな時茶化したりしたら、嫌な女だもんね。それで、途切れ途切れに言い難そうに言うから、目だって、ずっと、離さなかったし、黙って聞いてたの。でも、視力が弱いから、ほんとはよく見えないんだけど。でも、動かないで、じっと見てると、歪まないで形が定まってくるの、だって、ほんとなんだもん。だけど、今になってお金返してくれても、この百円玉、どうやってお財布に仕舞えばいいの。御負に嘘まで付いちゃった。なんか、誤解されたみたいだけど。用を頼んどいて、頼んだ本人が寝ちゃってて、知らなかった、じゃ、なんか凄く悪いみたい。今更、嘘、なんて言ったら、言える訳ないでしょ。それこそ、茶化してることになるじゃない。なんか、あっ、やだぁ、顔が熱くなってる。





 「あれっ、ミチ、寝てたの。折角の修学旅行だってのにぃ」

 ずっと起きてたわよ。

 「まだ、寝足りないの?」

 ただ、退屈なだけよ。何でそのぐらいの事分かってくれない訳。

 「御免なさいね、昨日はあたしの為に遅くさせちゃったもんね」

 「えっ、あぁ、別に構わないわよ」

 どうしちゃったんでしょうねぇ、一体。ひとりで勘違いして、納得して、そういうのって、一々、気に障ることじゃないかしら。あんただって、そういうのってやぁねぇ、って前には言ってたじゃないの。前の時には、こんなんじゃなかったと思うんだけど、この娘。ほんと、どうしたのかしら。でも、どっちにしろ、今は仕様がないわよね。それに、何か言って嫉妬してると思われたら、あたしが全く馬鹿みたいじゃない。

 「ねぇ、十分あるか、らぁっと、まだ七八分あるから、何か買いに行こぉう」

 「あっ、そうねぇ。喉渇いたし」

 「うん、行こう行こう」

 「行こう」

 「あっ、ねぇ、ここにぃ、居るのぉ?」

 「えっ、うん」

 「あっ、じゃあ、かき氷食べるぅ?」

 「えっ、あ、ぅん」

 「じゃあ、買って来るねっ」

 「あっ、お願ぃ」

 そうかぁ、あたしはお使いに付き合わされる、って事な訳ね